行けない行かない 学校

この記事は、一部を書き変えて更新した内容で掲載しました。


「ああ、あと2つ寝たら新学期、いやだなあ」と思っている人もいるかもしれません。ここ数日、中学生の様々な状況に関して新聞などに話題が上がっていましたが、学校に行きたくない人、いけない人、いずれも本当に多いようです。


わたしの仕事として学校に行けない方を優先しますと書いています。たしかに「小さな塾」は不登校の方の学習もサポートしてきました。


その経験から、ほんとうに様々な理由から学校にいけないたちがいて、その数も文科省が調査している数よりもずっと多いことがわかりました。


文科省のいうとおりなら、私が住む校区が日本のなかで不登校の方がとくに多い場所ということになってしまいます。


こちらの中学生向けのブログは1年ちょっとになります


常に学校に行けていない方を意識してきたつもりですが、なかなか記事がまとまってかけないできました。なかには読めた記事もあったでしょう。


いま学校行けてないけどやっぱり進学したいという方もいらっしゃると思います。選択肢の一つとして、いまの通いたくない学校には行かないで、資格(高卒認定試験)を満たすという選択肢もあります。他の学校を探すことも考えられます。



もっとひとりでもわかるように、易しいところから記事を書いて欲しいというご要望もありそうです。


宿題お疲れ様です。お手伝いしても後ろめたさはいりません

きのうが夏休み最後の日曜日のところが多いのではないでしょうか。なかにはお子様の宿題をご覧になってようやく終わってやれやれと一息ついていらっしゃるでしょう。お子様の宿題(特に小中学生)をお手伝いされる保護者の方々はどう思っていらっしゃるでしょう。


少し調べてみましたが、各方面とも保護者の方々がお子様の宿題をみてやっていることは世間的には肯定的に捉えられつつあるようです。塾をやっている私も宿題を課しています。あくまでも塾生が学校で補完できない部分を中心に課しています。先日もこのブログに書きましたが、塾(と学校)が高所から学習全体を捉えて、宿題量や質をコントロールしていくべきだと述べました。


保護者の方々も宿題を手伝うことでお子様たちがどんなことを習っているのか改めて知る機会ができます。そうはいってもなかなか大変です。とくに自由研究や作文などはそのネタ探しに始まって、どう組み立てて形にするか(しかも子どもらしく)と、いつも会社でされているお仕事の延長(あるいはそれ以上?)のようにお感じになる方もいらっしゃるでしょう。


それからお子様にとっては保護者の方々が自分に関わってくれていることを再認識できるいい機会になっています。お子様は手伝ってもらえている以上に、保護者の方々が自分に関わってくれていることがうれしいはずです。親子の絆の確かめ合いとでもいいましょうか。


そして何より今日お伝えしたい1番のことは、宿題をお手伝いすることになんら後ろめたさをお持ちになることはないということです。お子様のここが2学期に積み残しになるんだなということがはっきりするという保護者とお子様にとって大事な情報が得られるわけですから。


宿題を出す側からすると確かにお子様がひとりで宿題を完結させることが理想です。でも様々な理由や状況から子どもは完結させられないでいます。わからないでほっておく場合、あるいはサボってサボり続けてにっちもさっちもいかなくなって泣きついてくる場合もあるでしょう。


お子様は宿題を通じてそういう自分をたえず認識させられています。既に自分はだめだなあと思い続けているかもしれません。それをお子様と一緒にさらに「だめだ、だめだ。」と責めるだけではなく、どうしてできないでいるんだろうねと捉えて欲しいです。


宿題をたんたんと片付けて暑い夏は休養と充電の時間になるといいねと塾生たちに言い続けています。わたしは夏休みの間に1学期までのことを6割ほど忘れないで覚えていてくれればましと考えています。宿題にたいそうな期待もしていません。暑すぎる夏よりもむしろ2学期に涼しくなってから本領を発揮することに期待しています。


わたしも子どもたちの宿題をみています。さまざまな宿題が出ています。そして全ての宿題が終わったときの子どもたちの何ともさわやかな顔をいつも楽しみにしています。



オリンピックのかげで



皆さんと同世代の選手たちが、オリンピックでも活躍を見せています。どうしても一流の選手たちのそうした姿から、勇気や元気をみなさんももらえるのではないでしょうか。


もちろん、なかにはこうした選手たちの活躍を見てしまうと、それに引き換え自分は…としょんぼり思ってしまう人もなかにはいます。


どうしても学校の先生や周りの大人はそういう活躍している人を引き合いに出して、「それ、がんばれ」とか「君もできるはずだ。」などと話すかもしれません。


それはそれとして、世の中にはこういう人もいるんだということを聞き流して、自分のやりたいことをひらすらやってみましょう。


それは芽が出ないかもしれませんが、自分がやっていて納得がいく合法的なことならば続けてやってみてください。


ほぼ必ずそれをかたわらで見ている人がいます。そういう人はいつ自分のそばに現れるかわかりませんが、ほぼ間違いなくあなたの前にあらわれてきます。


これは不思議なもので、続けていれば続けているほど、そのあらわれる確率は高くなると思います。


なにも人の評価を求めてやっているのではないということもあるでしょう。その場合にも日が当たることがやってきます。つづけていると、プラスになることが出てくるから不思議です。


少しだけ長く生きてきたのでそれだけはいえる気がします。

posted by あまがえる at 14:47Comment(0)日記

「勉強できなくていい」≒「できるようになりたい」?

「勉強できなくていい」「勉強以外に大切なことがある」と思ったことないですか。そう思ったことや、いまそう考えている人もいるでしょう。確かに混沌(こんとん)とした時代ですし、夢を描きにくい世の中かもしれません。そして、いまの学校の勉強以外の要素がどうもこの世の中に必要そうだということは、感受性豊かな皆さんですからすでに気づいていると思います。


逆にこうもいえます。これからの未来に必要なものが何か知るために勉強している。つまり、現実をよく知らないとどう歩んで行くべきか、どんなことがこれから起きようとしているか予測も立ちません。だから過去を知り、現実を知るため(現実の積み残した課題が何か知るため)勉強するんだともいえます。


「勉強できなくていい」「勉強以外に大切なことがある」と本気でそう思ったら、社会にそれを確かめに行くといいでしょう。ボランティアに参加してみると世の中で必要とされていることが何か心底わかる機会となるのでそれもいいでしょう。その一方で現実の厳しさを知るかもしれません。


場合によっては「勉強しているほうがずっといいや。」と思うこともあるでしょう。じつは2,30年前でしたら、それが一番確実な方法だったかもしれません。勉強して大学に行って、大きな会社に入って・・・。でも現在はどうでしょう。そういったものの見方一辺倒ではなくなってきたようですね。逆に今はさまざまな価値観があり尊重される時代です。そして自分の生きたいように生きていい時代です。


でもそれをしようとすると、さまざまな困難が待ちうけているのもたしかです。その実行には勇気と責任が伴います。でも、少なくとも勉強はその困難に立ち向かう「すべ」となることは間違いないです。だから勉強すべきとは言いません。するかしないか自分で考えて決めるべきです。


一生のうちのどこで勉強するか、社会に出るかも自由です。いつだっていいです。たとえば最近、コメディアンの萩本欽一さん(欽ちゃん)が70歳過ぎて大学に入学しましたよね。でも、一般的には勉強するタイミングとしては、中高校生の時期が一番いいことだけは伝えておきますよ。


生理的に脳の発達がピークに向かう時期ですし、社会人と違い、「学生」の特権がさまざま与えられています。たとえば「勉強をしていればいい」時間の猶予が与えられています。そのうえで考え続けたり、決めたりすればいいです。


「勉強できなくていい。」素直な気持ちから出た言葉ですか。もう一度、自問自答してみてください。


もしそうなら、「勉強以外の大切なこと」に今から勇気をもちつつまい進してみましょう。そのかわり自己責任です。少し厳しい言い方かもしれませんが、失敗してもつらい目にあっても他の人のせいにはできません。


もし違うなら、もう一度「できるようになりたい」と言ってみてください。どっちが素直に出てくる言葉か確かめながら・・・。

家が暑いとき

最近の暑さや寒さなど、昔と比べて何か激しさを増している気がしてなりません。


昔も確かに暑かったですが、それでもたまに、午後になるとたちまち雲が湧き出て、空が暗くなり、どこからともなく風が起こり、遠くでゴロゴロと聞こえ出します。


すると、とたんに雨が降る夕立が来て、夕飯時は涼しく過ごせる日が何日かおきに合ったような覚えがあります。


こうして夜になると、空き地でだれかが花火を始めると、どこからともなく子どもたちが集まって、花火の競演がはじまったものです。


今は忙しい子どもが増えましたから、こんなのんびりしたことはそんなに多くないかもしれません。そして夜もなかなか涼しくなりません。これは大きな違いです。


さて、本題に入りましょう。こんなに暑いとクーラーなしで昼間に勉強することは困難でしょう。我慢づよい人はそれでもがんばるかもしれませんが効率がよいとはいえないでしょう。


図書館に学習室がもうけられているところが、けっこうあります。これに代わる場所もいろいろありそうです。


公民館やそのほかの公的な施設です。市町村の施設では、静かにしていれば無料で使える場所が提供されているところが結構あるようです。


そういったところはたいていクーラーが完備されています。家で暑さを我慢するよりも、こういった、涼しい場所で効率よく集中して学習する方が合理的です。